最終電車 01
— 雨 —
JR恵比寿駅にほど近いカラオケボックスを出ると、雨に濡れたアスファルトが街の灯りを反射していた。
そういえば、今朝の星占いで『しし座の人は、思わぬアクシデントに見舞われる』、といっていたのを思い出した。この雨のことかと納得しかけたが、すぐに思い直した。雨はしし座の人だけに降っているわけではない。
「ふん」と、苦笑いとも溜め息ともつかぬ言葉を漏らし、渡瀬幸宏はビルの隙間の夜空から落ちてくる雨粒を見上げた。
幸宏は今日七月三十一日で三十二歳になる。婚約者の山村三佳とその友人の藤原琴美の三人で、幸宏の誕生日祝いに恵比寿駅の近くで食事をした後、お決まりのコースとも言えるカラオケボックスで、ひとしきり盛り上がって来たのだった。
幸宏は酒を飲むのは好きな方なのだが、すぐに眠くなるという特技の持ち主で、今日も十八番の一曲だけ唄った後はひたすら飲む方に専念し、三佳と琴美が交代で二時間を唄いきったときには、椅子にもたれて眠っていたのだった。
幸宏と三佳は九月の始めに結婚する。二人の休みの都合で結婚式と新婚旅行の順序が逆になるのだが、お盆の休みと有給休暇を組み合わせて、結婚式前に約二週間の新婚旅行に出る。行く先はフランスとイタリアだ。旅行会社の格安ツアーで、日本でも雑誌で頻繁に名前の登場する有名なホテルに宿泊し、あとは各人フリーで市内観光をするものだ。
旅行代理店に勤める幸宏自身の企画で、勿論費用は超破格値である。本来は海外旅行の繁忙期になるこの時期に休みをとるなど決して許されないのだが、一生のうち一度きりであろう本人のハネムーンに、部長が許可をくれたのだった。
三佳は二十七歳。中堅デザイン事務所のアシスタントを勤めて約七年、最近では三佳に任される仕事も増えてきている。三佳は花をモチーフにしたデザインが得意で、特にひまわりを使ったものには定評があり、クライアントから指名で依頼が来るものも数多い。
デザインという下克上の激しいカタカナ商売の業界にいる三佳は、嫌というほど先例を見てきた。だから、仕事にしがみつくのだけは止そうと心に決めていた。
若さという魔法が解けた時、人は絶望する。——こんな筈ではなかった、と。
もし自分に才能があるのなら、それは愛する夫と子供のために役立てよう。三佳にはそれで十分だった。
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